わしも渡さん・・
「骨なんかもろても、何が起きるかわからんやん。半年後に別の人と入籍するかもわからんし。それなのにこれあったら足枷やろ」
女性セブン2014年10月16日号で報じられたとおり、姑は親族にそう漏らし、TENNさんの遺骨を上原に渡さなかった。
「早く息子の死を乗り越えてほしい」
そんな姑の思いは上原にも届いているという。
「それでも、そう簡単に忘れられるわけがありません。タカちゃんは、TENNさんのことを心から愛していましたから」(前出・上原の知人)
上原がTENNさんの実家を訪れるのには、もうひとつ大きな理由があった。芸能関係者が明かす。
「中学2年生のときに地元・沖縄を離れ芸能界デビューした上原さんには、“母親代わり”になった事務所関係の女性がいたんです。そのかたが、今から3年ほど前に亡くなった。すっかり落ち込んでいた上原さんを励ましたのが、TENNさんのお母さんだったそうです。いくらお母さんが“気持ちを切り替えてほしい”と願っても、上原さんのほうからTENNさんと、そしてお母さんから離れていくことは考えられないと思いますよ」(前出・芸能関係者)
※女性セブン2014年10月23・30日号
2014年に自死したヒップホップグループ「ET-KING」のTENNさん(享年35)が妻・上原多香子(34才)に宛てて書いた遺書の存在が明らかになった。
そこには上原の不倫をにおわせる内容が書かれていた──。
「このままずっと話さへんつもりでした。でも、この夏で兄がこの世を去ってから丸3年。
三回忌を過ぎていろんな弔いの行事が一段落しても、残された家族の悲しみが癒えることはありませんでした。
母は、夜も眠れず痩せてしまいました。これ以上、家族だけでは抱えきれないんです」
2014年9月25日に自ら命を絶ったTENNさん(本名・森脇隆宏さん)の弟・義宏さん(仮名)はそう話すと、1枚の写真を取り出した。
写っていたのは、TENNさんから家族、メンバー、ファン、そして妻である上原へ宛てた遺書だった。
几帳面な字体で、感謝の言葉と、先立つことへの謝罪の言葉が並ぶ。だが、さらに読み進めると、目を疑う内容が綴られていた。
《多香子へ/ありがとう そして さようなら/子供が出来ない体でごめんね/本当に本当にごめんなさい。/
幸せだった分だけ、未来が怖いから 何も無さそうだから/許してください。/僕の分まで幸せになってください。/
きっと阿部力となら乗りこえられると思います。/次は裏切ったらあかんよ。お酒は少しひかえないとあかんよ。/
嘘はついたらあかんよ。/多分、僕の事を恨むでしょう? でもいつかは許してくださいね/
最後はいろいろと重荷になるけど…ごめんなさい。/これが、未来を考えた時の僕のベストです。ワガママを許してください。/
いつか忘れる日が来るよ。きっと大丈夫 今から大変だろうけど/がんばって トントンとお幸せに/車は開けないで 警察を呼んでください。》
上原とTENNさんが結婚したのは2012年8月のことだった。
2011年2月の音楽イベントでの共演をきっかけに知り合い、2011年12月、TENNさんは自分の誕生日にプロポーズした。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170809-00000018-pseven-ent
https://www.news-postseven.com/archives/20170809_603445.html
>和子さんが見たスマホには、肩を組み熱いキスを交わす上原と阿部の姿や、上原が阿部の両親と4人で笑顔を見せる写真などがおさめられていた。
>義宏さんによると、上原のスマホを見てしまったTENNさんが、その画面を撮影したものと思われるという。
「TENNのお母さんが上原さんに、“息子の骨は渡せん。うちで預かる”と言うて連れ帰ったんです。“え? どういうこと?”
って聞いたら“あの子、まだ31才やで?
骨なんかもろても、何が起きるかわからんやん。半年後に別の人と入籍するかもわからんし。
それやのにこれあったら足枷やろ”って話しとった」(親族)
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